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2001 森健二NewYork展のパンフレットより

 誰の人生にも浮き沈みがある。1962〜63年のことだった。順調だった仕事も友人の借金の保証から歯車が狂い出し、交通事故で入院、焦る気持ちからの仕事も不渡り手形となる始末、まるで坂道を転げ落ちるように不運なことが続いた。
もう冬も近い10月にダメを、押すように火災に見舞われた。予想など出来ない放火による類焼だった。焼け跡に簡単な板敷きのベットを作り、赤十字から頂いた布団で寝た。
天井は無くなっていた。もう何も考える余裕などなく失意のどん底にいて、もうどうにでもなれ、という悲惨な状態だった。
 こんな私を迎えてくれたのが、満天の素晴らしい星空だった。広大無辺の宇宙、2000億個の恒星を持つ銀河が2000億もつながる大宇宙、150億光年とも200億光年とも言われる無限の大宇宙。銀河系の中の太陽系に私たちに住む地球。その中の小さな日本、北海道札幌市での小さな出来事だった。
 星を眺め宇宙空間にいろいろと思いを巡らせていた。
どれ程の時が経ったのだろうか、宇宙の真っ只中に浮遊している自分がそこにいた。
思い悩み苦しみ葛藤していた時間が、いつの間にか嘘のように消えてしまっているではないか。救われたのだ。よし人生出直しだ。出直しだ。 思わず心の中で叫んでいた。
満天の星がキラキラと輝き、出直ししょうとする私を星たちが祝い、後押ししてくれている空間がそこにあった。素晴らしい光景だった。
暗い過去を忘れ、燦燦と輝く未来に向かって生きよ。と星々が「希望」という賜物を私にプレゼントしてくれたのだ。 
 新しい人生への幕が明けた。絵を描くなら宇宙を描こう。
 この時から「光年の導」として絵画の制作がはじまった。点描という手法で描く点の一つひとつが、星なのだ、という思いをこめて描きつづけて、もう35年の歳月が流れた。
 21世紀へのスタートをNewYorkでの個展で出発しょうと心に決め、この4年間絵画制作に没頭、完成した大作ばかりの星からのメッセージ「光年の導」展です。    森 健二


大作AB
'01 光年の導A NY展 390×390cm


01NY展
'01 光年の導B NY展 390×356cm

NY C
'01 光年の導C NY展 194×390cm

NY D
'01 光年の導D NY展 194×390cm

NY E
'01 光年の導E 194×390cm

NY F
'01 光年の導F 194×390cm

NY H
'01 光年の導H NY展 162×390cm

NY R
'01 光年の導J 117×182cm

NY K
'01 光年の導K NY展 162×390cm

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'01 光年の導L 162×390cm

NY M
'01 光年の導M 162×390cm

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'01 光年の導N 162×130cm

NY O
'01 光年の導O NY展 194×260cm

大作066
'01 光年の導P NY展 130×194cm

NY Q
'01 光年の導Q NY展 194×260cm

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'01 光年の導S 壁130×390cm

立体003
'01 光年の導T 壁194×390 ミラー60×390 床194×390cm

大作064
'01 光年の導U NY展 130×194cm

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北海道新聞 NY展記事
葛 藤 1968-1973
 本格的に油絵の大作に取り組んだのは、放火による火災でやむなく、帯広に転居となった1965年の年から。 最初のころは宇宙の起源、ビッグバンを想像して夢中で大作と葛藤していた。だんだん作品も増えて’67年初個展を開いた。友人の薦めもあり‘68年から公募展モダンアート展、北海道美術協会展(道展)平原社(十勝の公募展)に応募した。
 モダンアート展入選の知らせにバンザイ。早速上京、都美術館へ向かった。4月1日上野公園の桜が咲き始めていて、美しいやさしい風景だった。
モダンアート展会場に入って驚いた!思いもしない大作が所狭しと、並んでいるではないか、当時は号数に制限がなく、F150号という大作がところせましと陳列されていて圧倒される豪華な会場だった、、胸が高鳴り、ドキドキしながら自分の絵を捜した記憶が蘇えった。
 この年の冬、道展、初出品で入選し北海タイムス社賞を受けた。以後モダンアートで奨励賞、道展で会友賞を受け‘70年には第45回記念大賞を受賞と幸運がつづいた。
モダンアート展で優秀賞をうけて会友推挙。他に北海道秀作美術展(’71’72’73)にも招待され、モダンアート展、道展とも初出品から6年目で会員になった。
 振り返ってみると高校時代に帝展会員の真田如神画伯(戦時中清水町に疎開)に絵を教わり、絵の魅力とたのしさを学んだ。このころから将来は美術関係の仕事で生きていきたいと考えていた。今思えば不思議な気がする。                                               森 健二

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1968 光年の導A 162×130cm モダンアート展 起源

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1968 光年の導B 130×162cm 平原社

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'68 光年の導 130×162cm

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'68 光年の導D 227×1818cm

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69 光年の導A 130×162cm

モダンアート2
1969 光年のメロデイーno3 130×162cm モダンアート展奨励賞 道立帯広美術館蔵

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'70 光年の導A 182×228cm モダンアート優秀賞

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1970 光年の導 130×162cm 道展 第45回記念大賞

大作001
1971 光年の導 162×130cm モダンアート展

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'71 光年の導A 162×130cm


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'71 光年の導B 194×130cm

モダン72
1972 光年の導 162×130 モダンアート展

大作006
1972 光年の導 162×130cm 道展

画像 清水町に寄託油絵作品 他組作品 013
1972 光年の導 130×162cm 道展

大作020
1973 光年の導 130×162cm 道展

大作019
1973 光年の導 130×162cmモダンアート展
新春随想  1971〜'76

’71年になっても未だ頭の中はキラキラと輝く、星々の世界の、あの素晴らしい光景でした。このころの絵を見ると白黒を主とした色彩で、広大無辺の宇宙空間への願望そのものだったと思う。グラフイカルな手法でネオリリシズムを展開して見せた、と表現した評論もあった。
 当時の新聞に原稿を依頼され、寄稿した一文があります。新聞そのまま載せたいのですが、無理ですので、私の心情を拾い読みする形で書きます。

<新春随想> 終わりなき航路の起点        
 新年明けましておめでとうございます。私も38回目のお正月を迎え、一家団欒の中に静烈な、十勝の空気を満喫する。昨年のモダンアート展で優秀賞、そして終盤に近い道展で第45回記念大賞を得たことで、忘れられない年となった。しかし今さら過ぎ去った年を謳歌するのでなく、明日への展望のために静かに過去を顧みる、必要にせまられるからである。
 宇宙空間に魅せられ描きつづけてきた自分の想いが公募展で理解されたことの、嬉しさがこみ上げてくる。僅かに陽を感じる空間で点が生まれ、成長し、蛍光レモンのような線が、不思議な像を巻く。一つが二つになりして、幻想的な世界に広がっていく光景が、今も脳裏から離れない。そんな中で神秘的な宇宙への案内人なのか、スーツと巨大な鏡面のような空間がどこかへ抜けていってしまった。遠い深い世界を暗示するかのように。目で見たり、さわったりできる実態的な空間でない、意識をはるかに超えてしまう巨大な空間の実在を、私は心で見たと思っている。
 本業がデザインだったせいか、お前の絵はデザインだと言われたり、逆にデザインも絵画的だと言われる。表現の方法がデザイン的でも、一ツづつ描いていこうと思う。誰の絵でもない、自分の心の日記を描きつづけていかなくては、有限なのか無限なのか大きさを示さない大きさを持つ、宇宙の道のりを歩むことは出来ないだろうと思う。
 いまの自分と宙との関係において今後作品がどんな意味を持つのだろうか。たしかに現在の胸中を、昨年の栄光が静かに温め、また明日へのエネルギーを焚きつづける。この火をかき消さぬよう、地道に一歩一歩自分の夢をキヤンバスに描きつづけたいと思っている。
大変難しい課題ではあるが、どうしても歩まなければならない。
 どうやら終わることのない、航路へのスタートラインについたようである。
 (画家モダンアート協会々友、昨年道展第45回記念大賞受賞)帯広市在住

大作006
'72 光年の導 162×130cm

72 光年の導B
'72 光年の導B 194×130cm

画像 清水町に寄託油絵作品 他組作品 013
'73 光年の導 130×162cm

大作022
'73 光年の導 130×162cm

画像 清水町に寄託油絵作品 他組作品 052
1974 光年の導 260×162
モダンアート展

大作021
'75 光年の導A 130×1160cm
画像 清水町に寄託油絵作品 他組作品 006
'75 光年の導B 162×130cm

75 光年の導C
'75 光年の導C 162×130cm

大作005
'76 光年の導A 162×130cm

大作009
'76 光年の導B 130×162cm

76 光年の導C
'76 光年の導C 194×130cm


心象風景  1975 ~’82
1975年パリのムーフ画廊とビアリッツ市のヴァロンブルーズ画廊から‘77年の個展の招待状が舞い込んできた。海外に一度も出かけたこのない私が、国際舞台のパリで個展だなんて、信じられないような話でした。でも、思ってもいない大チヤンス!個展の招聘を受託。
 早速、個展の構想をねり、これまでの直線と平面の作品から、フリーハンドを主体にして、点と曲線を多く使う絵の制作に入った。
宇宙空間の深くて遠い神秘な空間をまさぐり続ける意識の、表現でした。 
小さな点で、大きさを示さないほどの大きさを持つ大宇宙への無謀とも思える挑戦で、悪戦苦闘の毎日が最後までつづいた。 
点描という手法で、作品の意図を絵画にする難しさを知りました、本当の意味の絵画の、いい勉強をさせてもらった。
 パリには一週間の予定で出かけた、格調高い都市の表情、ヨーロッパの地域性が強く現れた都市の景観、環境も街並みも素晴らしく本当に驚きでした。
 芸術の都パリ、美術館も多く絵画鑑賞三昧の毎日、それと観光名所巡りでなんと二か月もの滞在になった。 今も心に残る素晴らしい都市、芸術の都パリでした。
後の一週間折角ここまで来たのだからとスペインに向かい、プラド美術館をはじめフラメンコまで楽しい毎日で日本の文化の違いを、いろいろな面で知り驚きの連続だった。
 
 1980年父が亡くなりF100号の油絵「浄土の舞」を点描でかきあげた、父にささげる絵で、後に、十勝での個展の折り、妙覚寺の住職さまご好意によりお寺にかざられている。
 パリでの個展から10年余、点描による絵画の制作が続いていた、気がついたら心象風景という絵の世界での毎日だった。その後、絵の方向性とかジャンルで悩むことになる。
 宇宙を描こうと決心した、あの時の宇宙の光景と違う空間に疑問がうまれたのだ。
このまま突き進んでいいのか? 後々後悔することにならないか? あの広大無辺の宇宙空間を描き続けると誓ったのではないのか? 沢山の人々に鑑賞してもらった光年の導。
 うつうつとした人たちの一人でも救えるまで、描き続けると誓ったのは嘘なのか。
結果は、悩み苦しんでいた私を、救ってくれた空間にもどすことにした。
人類としてこの世に生命を受けたものとして、当然の義務かもしれない。と


光
'81 光年の導A 162×130cm

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'82 光年の導A 父に捧ぐ<浄土の舞> 162×130cm

大作032
'84 光年の導A 162×130cm

大作028
'84 光年の導B 194×130cm

大作076
'85 光年の導A 194×130cm

大作030
'85 光年の導B 194×130cm

大作007
'85 光年の導c 162×130cm

大作011
'86 光年の導a 194×130cm

大作029
'87 光年の導A 194×130cm
方 形 1982-1993
 点と線それに面を組み合わせて、構成してきた絵画に、方眼紙を持ち込んで、大きさや広さへの、意識を変えてみようと考えた。 一目盛りを1光年(光が1年間に進む距離9兆4670億キロメートル)と考えてみると、大きさの概念が一変し、絵の大きさは同じでも、絵の持つ意味がとてつもなく大きく変貌、より大きくとF100号(162×130cm)を2枚つなぎで描き始めた。この頃の作品には2枚つなぎのものが多く、何故か新鮮な感じがしたものですし、心が休まる空間の中に、ドップリ浸かって制作に励んだものです。
 いつでも何処からでも、すぐに描きだせるという自信も出来、楽しく絵を描けたすばらしい拾余年でした。
 
1980年代は北海道庁十勝合同庁舎の壁画をはじめ、モニュメントや帯広市民文化ホールの緞帳などの制作も依頼されたりで、新聞紙上を賑わし郷土の文化に、少しは寄与出来たかと考えている。

大作008
'82 光年の導A 130×162cm

清水町寄託油絵
'82 光年の導B 130×162cm

大作033
'83 光年の導A

大作039
'83 光年の導B 162×130cm

bijyutukannsyuzou_obihirobijyutukan_Guidance_of_Lightyear.jpg
'84 光年の導A '84<北海道の美術>イメージ「道」展 道立帯広美術館蔵

大作065
'85 光年の導 '85<北海道の美術>イメージ「水」展 194×130cm

87 光年の導 162×130cm
'87 光年の導A 162×130cm

87 光年の導B 162×130cm
'87 光年の導B 130×162cm

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''88 光年の導A 光年の導 162×260cm

大作035
'88 光年の導B 117×182

画像 清水町に寄託油絵作品 他組作品 063
'89 光年の導A 130×227cm

大作057
'89 光年の導B 162×130cm

画像 清水町に寄託油絵作品 他組作品 051
'89 光年の導C 162×260cm

大作037
'89 光年の導D 162×130cm

大作059
'90 光年の導A 162×260cm

90 光年の導90 光年の導B
'90 光年の導B 162×130cm

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北海道庁十勝合同庁舎陶壁画ほか

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'91 光年の導A 162×130cm 帯広百年記念館蔵

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'91 光年の導B 162×130cm 帯広百年記念館蔵

bijyutukannsyuzou_obihirobijyutukan_obihirohyakunenkan 005
'91 光年の導C 162×162cm 帯広百年記念館蔵

大作056
'92 光年の導A 130×162cm

大作031
'93 光年の導 130×194
プロフィール

Author:モリケンジ
放火による火災で家が焼け、屋根がなくなった。焼け跡に赤十字から頂いた布団で寝た。そのときに見た夜空に輝く、満天の星に魅せられ、絵に描こう、絵をかくなら宇宙を描こうと、絵による宇宙への挑戦が始まった。

〒270-0032
千葉県松戸市
新松戸北1-2-1 B-506
森 健二
Tel:047-345-3488

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